かさごのおはなし

かさごのおはなし

人生いろいろ。苦しいことも全部人生の肥やし。読んでくれた人を元気にしたいかさごのブログ。

"頑張れ"のせいで疲れて頑張れなくなってない?

私はよく自分に"頑張れ"と言い聞かせて、いつも気持ちを奮い立たせていた。

でも、ある時からやめた。

私はうつ病と9年間闘って寛解したが、"頑張れ"という言葉を意識的に使わないようにしたのもかなり病状の回復を手伝ったと思っている。

完璧主義な性格

私は完璧主義負けず嫌いで、少しでも休んでいると自分のことを怠惰だと思う性格だった。

うつ病になる前までは、それで何ら問題なかったし、むしろその性格のおかげで達成できたこともいくつもあった。

私にとって頑張ることは当たり前で、むしろ頑張っているつもりもなかった。

しかし、うつ病になってから自分の思うようなパフォーマンスをできない自分を目の当たりにし、"頑張れない自分"を戒めるために自傷行為に走るようになった。

当たり前だったことができない、"頑張らない自分"が許せなかった。

いつも頑張っていた自分に気づき、認める

ある時、そんな私もそれまで自分がやってきたことを振り返り、初めて客観的に自分の人生を見た時、頑張っていたからできたことが多くあるということをやっと認めることができた。

当たり前のことのように思うかもしれないが、頑張っている人はなかなかそれに自分自身で気づけていないと思う。

(例えば・・・成績が良いのも、真面目だと言われるのも、誰かに褒められるのも、全部自分が周りより頑張っているから。)

周りの不真面目な人たちを見ても何とも思わないのに、自分にはムチ打ってる人は少し自分を褒めてあげてほしい。

私もうつの原因は他者だったけれど、うつにならなかったからと言って、ずっと自分の求める完璧な自分で居られたかと言ったら、正直わからない。

自分の性格のせいで、うつを発症していた可能性だってある。

"頑張れ"という言葉を意識的に使わない

無意識に"頑張れ"と自分にムチを打ちすぎていたことに気づいてからは、言葉にする時は意識的に"頑張れ"という言葉を自分に対しても他人に対しても使わないようにした。

"頑張れ"と言いたくなった時は、"大丈夫、私ならやれる"とか"うまくいきますように"とか、そういう言葉を選ぶようにした。

他人に対してもそうだ。

"頑張ってね"ではなく"うまくいくことを願っているよ"という具合に"頑張れ"を変換した。

人によって頑張りの程度は違うし、例え自分から見て頑張っていないように見えても、その人は精一杯頑張っているかもしれない。

これは本当は自分自身にも言えることだ。

もう頑張れないよ、と悲鳴をあげている自分に気づいてあげられず、もっと頑張れ、もっともっと、と自分を追い込んでいないか。

頑張れなくてもいい、頑張らなくてもいい

いつまでも完璧な自分で居たかった思いは消えなくても、少しくらい怠惰な方が気が楽になる。

周りにも気を遣わせずに済む。

"頑張れ"のせいで疲れて、本領発揮できないほど残念なことはない。

私自身は、敢えて"頑張れ"をやめてからの方が、冷静で突っ走りすぎず温厚な性格になったと思う。

大切な人(自分自身も含む)を追い詰めないために、"頑張れ"を素敵な言葉に変換して自分も他人も応援できる人が増えたらと思う。

今週のお題「応援」